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2008年02月02日

M次氏宅ゲーム会 2008年2月2日

M次氏の家にお邪魔して、オデッセイ師と関白動座(鎮西軍記)の再戦をしました。今回もオ師が豊臣軍で初勝利を目指し、私が島津軍です。

序盤、毛利軍と黒田隊は秋月氏を降伏させ、筑後方面に戦力を展開します。これに対して島津軍は義弘を竜王城方面に前進させ、家久を中核とする戦力を丹生島城方面に送り込みます。家久は難攻不落の丹生島城に対して強襲を繰り返し、着々とその防備を削っていきます。これに城方も動揺したのか包囲判定でも連続して耐久力低下を起こし、丹生島城の陥落が濃厚になってきました。
豊臣方は当初は秋月を抜いた後、毛利軍を豊後方面に転進させる予定だったと言いますが、この情勢を見て方針を転換、全軍で南下を開始します。この結果、豊後では丹生島城が陥落して宗麟以下大友全軍が除去されますが、豊臣軍は城郭の攻略で失点を賄えると計算して前進を続けます。
有馬隊が肥前に留まっていたこともあり、肥後はさしたる抵抗もできないまま蹂躙され、豊臣軍の先陣は薩摩に乱入します。島津義久は包囲の危険を逃れるため大隅から日向へ後退させざるを得ませんでした。
4月末には豊臣秀吉が佐土原城に隣接し、本城が陥落して士気が低下していたことと、最後に移動ミスなどもあって、佐土原前面での抵抗も排除され、豊臣方が勝利条件を満たしました。

亭主のM次氏はみねさんと激闘マンシュタイン軍集団をプレイし、ドイツ軍で勝利を納めていたようです。
posted by AMI at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 遠征日誌
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