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2018年09月02日

和泉歴史ゲーム研究会 2018年9月2日

参加者:7名
プレイされたゲーム:グリッズルド、モスクワ攻防戦(歴史群像)、西国の雄(ツクダ)、マンシュタインの切り札(国通)、本能寺への道(GJ)、War at Sea (AH)

予定が合わず久々の和泉参戦。今回も駅前のパン屋さんでパンを買ってから会場へ。

朝一、IMUさん持ち込みの「グリッズルド」を5人でプレイ。第一次大戦の塹壕戦がモチーフの協力ゲーム。兵士を脅かす6つの脅威(砲弾、ガス、敵襲のホイッスル、夜、雨、雪)で共通の場がバーストしないように注意しながら手札からカードを消費して行き、山札を無くして欧州大戦を生き残ることを目指す。
ルール自体はシンプルなのだが、ゲームバランスはなかなかに厳しく、練習1ラウンドの後で挑んだ本番では数回のミッション達成後、モラル(予備の山札)を使い切って負けてしまった(裏切り者がいない完全協力ゲームなので全員勝利か全員敗北しかない)。トラウマカードが酷い効果のやつばかりでどれを出したらいいのか難しかった。
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その後、エムデンさんが戦国群雄伝をやってみたいというので「西国の雄」をインストプレイ。戦国群雄伝シリーズの6作目で、毛利元就が中国地方の覇者として成長していく過程の戦いがテーマ。毛利軍とその他の軍勢の能力格差が大きく、対人でプレイするのは私も初めて。群雄伝経験者のさこやんさんも能力差が大きいのでプレイしたことがないとのこと。
シナリオ2「厳島の合戦」をゲーム的勝利条件で、よりプレイしやすそうな毛利方をエムデンさんに担当してもらう。
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大内軍は反逆した吉見正頼の津和野城攻略に総大将以外の全軍を差し向ける。毛利元就も小早川隆景らを伴って救援に赴くがダイスの良さもあって来援前に城主切腹で開城させることができた。毛利軍は失点を補うために鞍掛山城を攻囲、陶晴賢も山陰路を進んで毛利方小大名服屋氏の音明城を囲む。このあたりからサイコロの流れが逆転し、陶が攻囲に手間取ったのに対し、毛利はあっさり鞍掛山城を抜いた。残り2ターンでこの失点は取り返せないと思われたので投了。
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 と思ったのですが、シナリオを再確認したら山吹城を10点と数えないとのことで得点計算が間違ってました。そうなると行動指針自体が変わるので作戦方針については再検討が必要だけど、ひとまず、攻城戦の攻撃と防御の両方、敵が山地に籠もった場合の抜き難さ等群雄伝の初歩的な部分は理解してもらえたのではないかな。

エムデンさんが今日は早めに退出されるとのことで軽めのゲームとして「War at Sea」を借りてプレイ。第二次世界大戦時の大西洋と地中海における海軍戦略ゲームの古典。その昔外惑星動乱記を作った際に上位バージョンの「Victory at Sea」を下敷きにしたので概要は理解しているのだが、WASの対戦は数十年ぶりかな。ランダムでエムデンさんが枢軸、私が連合軍。
序盤、連合軍はイタリアを滅ぼす気満々で地中海に有力な戦艦部隊を配置したが、イタリア空・海軍の活躍で一方的に痛打を浴びる。作戦自体も褒められたものじゃなかったが、それ以上にエムデンさんのダイスが好調かつ私のダイスが不調だったので、互角の戦力に見えて連合軍だけが一方的に撃破される戦いが続き、バレンツ海で第二次援ソ船団が撃滅されたところで2ターン残して投了。
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他の卓でプレイされていたゲーム
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今回のプレイはここまで。エムデンさんが先に退場された後、本能寺への道が続いてたのでしばらく観戦。家康が叛旗を翻して信長を討つという展開だったが、北条軍の侵攻を受け三河に残っていた家康が討ち死に。強固な地盤を築いていた秀吉が勝利していた。終了したのが4時まわったぐらいで終わって時間的に中途半端んだったので今回は定時より早めに閉会。
私は天王寺経由日本橋で第二次攻撃を実施してから帰宅。
posted by AMI at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 遠征日誌
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