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2018年11月27日

最初のウォーゲーム・デザイン

先日、和泉でゲーム後にお話してて思い出したこと。

これは何度か書いたり話したりしていますが、私と商業ウォーゲームとの出会いはこの界隈では有名な1981年6月19日の朝日新聞の記事です(リンク先に写真あり)。その後のブームを考えると、この記事を読まなくてもどこかで出会っていた可能性が高いとは思いますが、国産ゲームの出始めの頃から知っていることができたことは大きかったと思うし、この界隈にいると朝日を嫌いっている人も少なくありませんが、私は今でも感謝しています。

プラモデルは作らなくはなかったけど、子供の頃は買い与えてもらった玩具の中の一ジャンルという程度で、ホビージャパン誌の存在はTACTICSから逆に知ったぐらいでこのルートは私にはなかった。

また歴史は好きだったけど、戦争はやはりその中のサブジャンルに過ぎなくて、銃とか兵器についてはまったく思い入れがなかった。戦車のプラモデルをねだったことはあったけど、それは特定の戦車が好きとかじゃなくて、リモコンで動くからとかそんな理由でした。

じゃあなぜその記事に興味をもったのかというとウォー「ゲーム」という名前がついていたからだという気がします。三人兄弟だったので一緒に遊べるものをという考えもあったのかもしれませんが、当時の子供向けのボードゲームはいくつか買ってもらっていました。

しかし、当時のこととて、ウォーゲームというものがあるとわかっても、すぐに情報を集めて入手するというような時代でも年齢でもなかったので、最初は自分で作ろうとしました。といっても当時のゲームの主流は人生ゲームのようなサイコロを振ってコマを進める系が主流で、「スゴロク第三帝国」のようにこれをウォーゲームに転換する発想もなかったので、多少なりとも戦いっぽい将棋をベースに、コマを戦車とか飛行機にしたり、マスのいくつに池や木を書き込んで入れなくする程度のものでした。多分、作ったからには弟をつかまえてプレイしたとは思うんだけど、ゲームを作ったことに比べるとプレイ自体の印象はまったく思い出せず(まあ将棋そのものだしインパクトが無かったのだろうね)、すぐに忘れ去られました。

(たぶん上本町の)近鉄百貨店でエポックの独ソ電撃戦と日露戦争が並んでいるのを見るのはそれから何ヶ月か後の話になります。

参考:4Gamer.net:【短期連載】「ウォーゲームってなんすか?」と聞かれたときに聞かせたい話。第一夜「ウォーゲーム帝国の興亡」
https://www.4gamer.net/games/000/G000000/20180511001/
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