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2020年01月19日

和泉歴史ゲーム研究会 2020年1月19日

参加者:12名?
プレイされたゲーム:Samurai (AH)、独ソ電撃戦 連結板(JWC)、Star Wars Rebellion (FFG)、三国盛衰記(TDF、同人)、冬戦争 Red Winter (コマンドマガジン)、コロニー(3戦)、ギズモ(3戦)他

ようやく今年の初ゲーム会。いつものごとく駅前で昼用のパンを購入してから会場へ。

今回のお題は中黒さんが昨年末に購入された旧Avalon Hillの"Samurai"、その昔HJから「日本武将の戦い」という邦題で輸入販売されていた米国人からみた日本中世の武家の覇権争い。ゲームシステム的には薔薇戦争をテーマにした"Kingmaker(AH)"の姉妹作。当時、流行っていた小説「ショーグン」なんかの影響も強いようで、源平〜戦国「演義」とかそんなに感じで捉えるといいかも。プレイヤーは武家の家門のひとつを率いて、皇位の象徴(天皇、皇太子、神器、京都守護職)を集め、征夷大将軍となって新たな政権(幕府)を打ち立てることを目指す。私は過去に何度かプレイしたことが有り結構好きなゲーム。

私は平氏を担当。とはいえ、このゲーム、武将には平氏なら「清盛」のようにそれっぽい名前(や日本人には理解しかねる名前)がついているが能力設定はなく、ゲーム開始時に引いた領国や官職の配分とランダムに決める武勇で武将のキャラクターは形成される。
配置順で源氏(中黒さん)は京周辺、エムデンさん(藤原氏)は天皇が避難中の飛騨周辺に配置。私(平氏)は神器が保管されている江戸城を抱える武蔵に多目に戦力を武蔵守清盛、畿内に摂津守有盛と河内守貞盛を出陣させた。北条氏も飛騨の近くに配置した。
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序盤、私は江戸城を攻める準備を始めたものの、計算してみるととても戦力が足りないのでしばらく静観。
藤原氏は飛騨神宮を攻めて天皇陛下を「救出」するが、本領で一揆が置きた責任により2人しかいない武将の1人が切腹。盤上に武将がいなくなるとその氏族は滅亡するので結構な危機だが、北条氏が動いて藤原最後の将に襲いかかる。2対1だったが北条軍は意外と戦力がなく返り討ちに合う。追撃を受けた北条氏はあっけなく滅亡。昔のゲームなので救済措置はなく、自分の身は自分で守るしか無い。

我が平一族はなんとか江戸城から神器を持ち出そうと清盛にどんどん増援戦力を与えていくが、あまりにも一人の武将に権力を与えすぎていたのが源氏に目をつけられ、あはれ清盛は忍者によって暗殺された(武将が死ぬと彼に従っていた戦力はすべて逃散してしまう)。ちなみにこのゲームの忍者、暗殺にもし失敗すると依頼人の名前を白状して雇用主を切腹に追い込む最終兵器なのだが、源氏はしっかり忍者専従武将を用意していた。

中盤、各氏族は戦力不足を理由に直接対決を避け、戦力増強に励む。源氏は京都と皇太子を、藤原氏は天皇と神器を抑え、我が平氏のみはなんの栄誉なく朝廷の末席で縮こまっていた。その間、日本各地では蒙古が襲来したり、海賊が暴れたり、各地で地震や飢饉、大火などがおこったりしてときどき武将や兵力を巻き添えにした。

ゲームは(全20ターンの)終盤に近づき、互いに皇位の象徴を2つづつ抱えた源氏と藤原氏は近江国にある関ケ原の市(!)で決戦に及ぶべく主力を移動させた。しかし、正々堂々の決戦を夢想していた藤原氏を襲ったのは源氏の忍者二号。2人になっていた藤原氏の武将の1人を暗殺し、藤原軍は戦う前に戦力の半数を失った。敗戦ムード漂う藤原軍であったが、山城国で度々飢饉に見舞われながらも生き残っていた武将達が関ヶ原近くにいて、行動順も源氏のみが行動終了の状態だったので、藤原氏を誘って連合軍で近江にいる源氏軍に挑むことになった。このとき、ふと思いついて、複数氏族の連合した合戦では当事者が合意すれば、受けた損害を分担できるが、合意ができなければ各氏族がそのまま損害を受ける(連合軍としては実質2倍の損害になる)ということを説明した。この時点ではおのルールが必要になるとは考えていなかったのだが…。

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後の世に関ヶ原の戦いと呼ばれる大合戦は、源氏武将2人410戦力に対して、藤原氏武将1人230戦力、平氏武将4人435戦力の合計665戦力が激突した。清盛暗殺後派手な動きをせずに溜め込んでいた平氏の大兵力と同族を暗殺された藤原氏の憤怒の一撃による攻撃側選択による武将即死(6ゾロ)で源氏は文字通りの全滅。しかし、源氏も必死の反撃により所有者の選択による武将一人死亡という損害を出した。通常ならば、5人いる連合軍の将の一人が死ぬだけであり軍隊の戦力損失も分担すれば十分まかなえる程度であったのだが、問題は藤原氏の武将が一人しかいないことであった。平氏の棟梁となっていたいた父と同名の出羽守清盛は合戦後を見据えて藤原氏に手切れを告げる。この混乱で藤原家の本陣と平氏の讃岐守将平の陣が壊滅した。
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こうして、四大武家の三家までが倒れ、征夷大将軍となった出羽守清盛が主導する安寧の時代を訪れた。めでたしめでたし。

ヒストリカルシミュレーションとはいいがたいけれど、部分的には時代の雰囲気を感じさせてくれる部分もあり、なにより今回はゲーム的に結構もりあがった。連続して何度もプレイするゲームではないものの、チャンスがあればまたやりたい好ゲームだ。

昼食後、Samurai組の4人で「三国盛衰記」をプレイ。私以外初プレイだったので、定番のシナリオ2で、標準ルールで。武将選択順に、たえさん曹操、中黒さん劉璋、エムデンさん袁紹、私劉表。
曹操と袁紹は近隣にいる武官天国の呂布と劉備の処遇が問題になるので、水を向けてみると意外とあっさり分割協定が出来た様子だった。劉表も劉璋と話してお互いに東と北へ向かうこととなった。
劉表軍はお手本になるように外交で袁術や孫策の配置をいじりながら領土を切り取っていく。途中、豪族軍や孫策軍との合戦で合計20万弱の兵力を失ったものの、なんとか荊州と揚州を併呑。一度は譲ったものの、曹操が手を付けなかったので袁術本体も倒した。
曹操軍は李傕を平定したものの、中央の難しさもあって途中軍隊が遊兵化していたじきもあったので伸び悩み。
劉璋は順調に北伐を成し遂げる。
袁紹は終盤にさしかかって主力不在の曹操の背後を襲い始めたのだが第6ターン。
第7ターンの天命を引いたがゲーム終了は出なかったので、仮の点数だけ数えてここで時間切れ終了とした。劉表36点、袁紹27点、劉璋25点、曹操15点(袁紹の最後の攻撃で曹操から袁紹に6点移動した状態)。
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ゲームが続けていればこのターンは劉表が袋叩きなのは間違いないが、その劉表も含めてまだどこにも勝利の可能性はあったと思う。
しばらくプレイできていなかったが久々にプレイしたらやはりこのゲームは楽しい。個人的には三国志演義マルチの最高峰の地位は今でも揺るがない。同人ゲームなので手に入れる機会が限られているのが今でも関東のゲームマーケットなら入手できる(はず)なので、三国志(演義)が好きな人は是非挑戦してみて欲しい。

その他にプレイされていたゲームたち。
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ポップな見た目に反してガチゲームとのこと

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遅れてきた麒麟を見るために寄り道せずに帰宅。
タグ:三国盛衰記
posted by AMI at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 遠征日誌
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