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2008年10月11日

TSS例会 2008年10月11日

参加者:11名
プレイされたゲーム:バルジ大作戦(エポック)、関ヶ原(エポック)、1941(GDW/CMJ)、ドイツ装甲軍団スモレンスク(CMJ)、When Tigers Fight(CM/CMJ)、銀河英雄伝説回廊の戦い・前編(TSS)

例会全体の様子は例によって錦大帝の雑記帳をご覧ください。

今日も今日とて、みねさんに乗せてもらってTSSへ。

本日は怪鳥さんのご指名で関ヶ原(エポック)を対戦しました。私は実に2005年1月の伊勢合宿でみねさんとプレイして以来なので、事前にゲームを借りて復習しておきました。このゲーム、日本で出版されたゲームの中でも屈指の傑作だと思うのですが、これまでの対戦相手が揃って所有者だったので買う機会がなかったのでした。
陣営はどちらでもOKということだったので、西軍を選ばせてもらいました。相手に希望がなければランダムにすることが多いのですが、関ヶ原戦のゲームに関しては、上杉家を筆頭に、石田三成、宇喜多秀家、立花宗茂など西軍に自分の好きな武将が集中しているので。もちろん、相手が西軍希望の場合は東軍もやりますけどね。
さて、初期配置の調略ですが、東軍は小早川、鍋島、長宗我部、吉川というお約束な面々に置いてきました。西軍はというと、今回は前田と福島に手厚く置いて、あとは広く薄くばらまきました。
その後、初期の情報カード5枚を見て吹きました。いきなり「前田利長の調略」が! 残念ながら、前田には5枚置きましたが、80万石には届いておりません。前田に5枚積んだらバレバレなので、福島に3枚、前田に2枚という積み方にしました。
1ターンの後半、更なる幸運で織田秀信の戦意が6になって出陣できず、全軍丸々で岐阜に籠城することになりました。そこで更に強化のため、あまり当てにならない島津を岐阜に送り込むため前進させます。そして終了直前に前田を寝返らせます。
2ターン目、更なる幸運ながら悩ましい材料として「島津の援軍」「島津の帰国」「藤堂高虎の調略」が来ました。中立の可能性は残りますが、これは島津使えるかも、と思い直し、援軍を迎えに反転させます。東軍がいよいよ岐阜に迫ってきたので、藤堂を寝返らせて島津の代わりに岐阜に入れます。島津隊に比べれば半分の防御値しかありませんが、それでも織田隊よりは有力で防衛戦で役に立ってくれました。
迎撃のダイスもかなりよく東軍主隊に損害を与えたので東軍はいったん兵を下げて再編成に入ります。伊勢方面で今回宇喜多に鍋島を編入させる方法を取ったのですが、盤上に登場した後も分離しなかったため、これが結構重荷になって、宇喜多の進撃が遅れていました。また、こっちはいつものことなのですが、石田三成にまったくやる気が見られません。
東軍が岐阜攻めを再開しても、西軍主体はまだバラバラの状態で、かろうじて島津が入城できる範囲に接近したという感じです。
しかし、ここで雨が降って西軍は更に救われます。すぐに雨はあがってしまいますが、この間に宇喜多隊も20戦力編成のまま戦闘可能圏まで前進しました。
東軍は強襲と同時に調略でも織田秀信を狙ってきましたが、合計170万石もの加増を約束してなんとか引き留めます。秀信は調略の判定をしてくれたので、恩賞カードは回収されましたが、実は助かりました。5ターンの時点で西軍には恩賞が1枚しか残ってなかったのです。
しかし、これで東軍は武力で岐阜を抜かないと6ターンのサドンデス判定に耐えられない状態になりました。宇喜多が並の士気ながら岐阜攻撃隊の背後からの接敵に成功し、鍋島の調略チェックが失敗に終わったので、東軍の投了で終了になりました。
今回はとにかく天の時に恵まれた感じでした。それえも上杉の出陣だけは来ていなかったのですが、上田で4ラウンド足止めもできたし、他はほぼ文句のない状態だと思います。久々の実戦で部隊運用はかならずしも良くなかったのですが(終了後に、怪鳥さんから効果的な編成方法などの助言をいただきました)、前田の調略+織田の籠城に助けられました。

私はその後、錦大帝さんが開発中のツクダ銀英伝システムの回廊の戦いシナリオのテストプレイを行いました。戦役序盤のビッテンフェルト、ファーレンハイトコンビがヤンのペテンにまんまとはめられるシチュエーションです。
配置の関係で黒色槍騎兵が先に戦闘状態になります。帝国側は無理に前進せずに守りを固める方法もあるとは思いますが、「本物の」ビッテンフェルトならそんなことはしないと思いますので、当然、ヤンの分艦隊の一つを叩きに行きます。狙いは防御力の一番弱いフィッシャーです。そして、最初はもくろみ通りに展開します。正面攻撃で−3修整を叩き出すビッテンフェルトの攻撃能力は凄まじく、フィッシャー分艦隊は瞬く間にステップを減らしていきます。しかし、余りにも緒戦の損害が大きかったため、ヤンは自ら前進してフィッシャーの位置に入れ替わります。こうなるとさっきとは全く逆に黒色槍騎兵の艦列が火球に変わっていきます。2ターン目に6枚引ききったヤン本体は一応後列に控えていたはずの旗艦王虎を射程に捉えました。倒れてきた柱で重傷を負ったビッテンフェルトは病院船送りになりますが、指揮を引き継いだ代理指揮官が士気6と素晴らしく、14戦力損失まで耐え抜いた末に敗走になりました。
その間に前進していたファーレンハイトはヤンの本体とアッテンボロー分艦隊との間にあいたわずかな隙間から小部隊を送り込み、アッテンボロー提督の旗艦を襲います。マサソイトは後方からの半包囲攻撃によって轟沈し、アッテンボローもまた負傷して後方に急送されました。
ヤンの本体が急遽反転しますが、ファーレンハイトは迅速な機動で「元アッテンボロー」分艦隊の1スタックを包囲したに置きます。
残念ながらここで時間切れでした。ヤン艦隊優勢ではありますが、チット次第ではアッテンボロー分解隊の崩壊で帝国勝利の可能性もかすかにあったと思います。
乱戦でしたが、展開的には帝国はいい感じに粘れたのではないかと思います。

エポックバルジはみねさんとY口さんが1日かけて対戦していました。両者四つに組んで最後まで勝敗はつかなかったそうです。

夕食は焼肉でした。
posted by AMI at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 遠征日誌
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