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2007年02月04日

2007年2月例会報告

参加者:5名

プレイしたゲーム:日露戦争、突撃ウラジオストック、太平記、文禄の役、PGG

今日は朝一に到着。予告通りに現れたしぐま君が来たので日露戦争を開始。しぐま君が日本軍、私がロシア軍を担当。鴨緑江会戦はDRでロシア軍はすたこら退却。しかし、この戦いを皮切りに両軍損害の出ない状態が続き、日本軍は次々に部隊を揚陸、戦争中盤には攻城砲を除く全部隊を揚陸しきる始末で、山地方面はじわじわ力押しで後退させられる。
 一方、旅順でも快調にDEを連発、一度だけ旅順艦隊渾身の出撃で輸送船−2の結果もでたものの全般的にみるとかなり平穏に旅順は陥落した。
 これら両方面とは裏腹に、平地を進む日本軍は遼陽前面で手痛い反撃を被り、有力な部隊が包囲殲滅された。この結果、日本軍は高性能力を失い、投了となった。

PGGははるぜひさんとみねさんが1日中やってました。詳細は不明です。

突撃ウラジオストックはI氏、しぐま君、私の三人でプレイ。序盤、有力な戦艦部隊を編成したI戦隊がサクサク前進。しかし、日本軍も早々にウラジオ、旅順両艦隊を殲滅して万全の体制で迎撃。伊集院信管、下瀬火薬が炸裂したが、T字戦法が出なかったため、巡洋艦2隻を道連れにI戦隊は潰滅した。
二番手を行くAMI戦隊は最新鋭艦から旧式艦まで混ざった雑多な編成。マカロフ提督が2戦艦を道連れにしてくれていたものの完璧な防御布陣に秋山参謀がついて抵抗むなしく全滅。
最後をすすむしぐま戦隊はもっとも貧弱な戦力で当然ごとく全滅。撃沈した巡洋艦の差でI氏がロシアの英雄となった。

太平記はI氏公家対私の武家。1ターン目こそ主導権をとったものの、2、3ターン目に連続して主導権を取られ、まったく為す術もなく押し切られた。

文禄の役はI氏明対私の日本軍。前回の教訓により義軍の跋扈には注意したもののそのため得点を稼ぐことができず、加藤隊潰滅による失点が回復できる見込みが無くなったため投了。
posted by AMI at 20:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 例会記録
この記事へのコメント
『むかしむかし…』のダークサイドを補強しました。
参加できれば、そんでもって、訳が間に合えば、
投入します。
Posted by Fabius at 2007年01月30日 19:27
お〜お待ちしておりますぞ
Posted by AMI at 2007年01月30日 21:25
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