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2007年09月22日

長野合同合宿 2007年9月22-24日

早朝、近鉄大久保駅でみねさんカーに拾ってもらい長野県で行われる合同合宿へ出陣。途中、総統閣下とも合流し、朝マクドで朝食取りつつ一路長野へ・・・は良かったのですが、途中、6台ぐらいの玉突き衝突があって予定より遅れたものの第一攻略目標の「みやまそば」に到着。

入り口がちょっと変わっていて、少しわかりにくい。人気店のようで12時前についたのですが、少し待つことに。お店の人は順番整理とか全然してなくて、ネットで調べたところでは席が空いたら相席上等で座っていくのが暗黙のルールみたいですw

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(みやまそば)

店内は昔ながらの食堂という感じ。メニューは蕎麦、丼以外にラーメンもあり、私は「おおざる」(\800)だけにしましたが、総統閣下とみねさんはラーメンにもチャレンジしていました。
関西人が普段食しているそばからすると、麺はやわからめで、出汁は濃いめ。紹介されて人気店になってしまったようですが、基本的には地元の人向けのお店なのでしょう。

その後、松本城へ登り、お城の前でジェラートを食し、宇宙堂、五一ワインを巡った後、宿へ。

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(松本城)

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(宇宙堂のある商店街はがまの街だそうで)

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(五一ワイン)

Empires in Armsの準備をしつつメンバーが揃うのを待ちます。夕食、風呂のあと、本格的に始動。メンバーと担当国は以下の通り。
 フランス帝国   ながわさん
 イギリス王国   総統閣下
 ロシア帝国    みねさん
 オーストリア帝国 U野さん
 プロイセン王国  YENさん
 スペイン王国   AMI
シナリオは1813キャンペーンでフランス大陸軍の主力がロシア平原で溶けた所から始まります。ドイツ戦線はロシア、プロイセン連合軍がザクセンまで前進しており、スペイン戦線はフランス軍がまだマドリッドを支配しています。
このゲーム、一見シミュレーションゲーム的な部分も見られますが、基本的にマルチプレイヤーズゲームです。序盤、イギリス、ロシアが積極的に連合の引き締めをしなかったこともあり、プロイセンとスペインはフランス征服地の占領を黙認するという交換条件で一時的な停戦に合意します。交易に対する依存度が他国よりも高いスペインとしてはイギリスの反応が恐かったのですが、イギリス首相も重要なフランス軍がスペインから撤退すれば重要な衛星国であるポルトガルの安全が保たれると言うことで納得してもらえました。
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(序盤全景)

1月、ロシアはシュテッティンとキュストリンに籠城するフランス守備隊をすりつぶしますが、共同して前線を警備していたはずのプロイセン軍が単独で移動してしまい、ドレスデンにいたアレクサンドル一世直率のロシア軍20戦力はナポレオン直率の45戦力の攻撃を受け、側面包囲の完成によって13戦力を失って敗走します。
2月にもライプツィッヒにいたロシアの別働隊12戦力がナポレオンの側面包囲を受けて全滅。ヴィトゲンシュタイン将軍は捕虜となってパリに送られます。
プロイセンの協力を得られないロシア軍はその非協力を非難しながらロシア占領下のポーランド地方へ後退します。フランス軍はプロイセン領内を我が物顔で前進してキュストリンまで進出、ダンツィヒに攻囲されている正規歩兵15戦力の救出を目論みます。

5月、本国から後続部隊を率いて合流したバルクライ将軍は59戦力をかき集めてキュストリンのナポレオン麾下の3個軍団を攻撃します。フランス軍は44戦力でロシアにとっては千載一遇の好機でしたが、消極的な牽制作戦はナポレオンの堅い防御を打ち破ることができず、両軍士気崩壊の痛み分けに終わりました。ナポレオンはすかさずダンツィヒを攻囲していた軍団を撃滅し、籠城部隊の救出に成功。

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(キュストリン会戦)

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(スペイン軍のイタリア侵攻)

8月、オーストリアが満を持してフランスに宣戦布告しますが、これも密約に基づいたものでした。翌月、オーストリアはフランスと単独講和し、イリュリアの返還と2地方の割譲を受け、二人目の皇女を輿入れさせます。
9月、スウェーデンに後方基地を設置したロシア軍がコペンハーゲンに上陸します。しかし、都市の城壁を破るには至らず、フランスはすかさずダヴーを急派します。しかし、ここで悲喜劇が発生します。ヨーロッパ大陸からコペンハーゲンまでは海峡を二回越えなければならず、いかに快速を誇るフランス軍とはいえ1ターンではコペンハーゲンに到達することができず、ユトランド半島と、コペンハーゲンのあるシュラン島の間にあるフェン島で一時停止せざるを得なかったのです。
10月に海上補給をつなぐためにロシア艦隊がこの海域に進出した結果、ダヴー軍団はコペンハーゲンに到達することはおろか、ヨーロッパ本土へ戻ることもできなくなったのでした。ダヴーは一時的に退役して本国に帰還しますが、軍団は戦争が終わるまでフェン島で自活生活を強いられることになりました。ロシア軍は会戦ではフランスに勝てないままだったのですが、この「虜」事件で溜飲を下げたようです。
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(フェン島「虜」事件)

ノルウェイにいたデンマーク軍はスウェーデンに侵入して後方からロシア軍の兵站破壊を目指しますが、ストックホルムに待機していたベルナドットが2個軍団を率いて襲いかかり、デンマーク軍は大損害を受けた末に退路がないために降伏します。
スペイン軍は唯一の楽しみであった黄金船団の大半が嵐で潰滅してしまうという悲劇に見舞われるものの(判定で最悪のピンゾロ)、フランスが停戦の約束をしたにも関わらず南フランスに3個軍団を展開させていたことを口実に対抗措置としてバルセロナに軍団を集めます。
11月、連合国としての使命に目覚めたプロイセン軍はロシア軍と共同してハノーヴァーの北に駐留するユージェーヌ指揮下のフランス軍支隊を攻撃します。12個軍団136戦力という大兵力を投入しての攻撃でしたが、ユージェーヌは冷静に撤退を選択し、1/3程度の損失で撤退に成功します。
また、コペンハーゲンを攻めあぐねていたロシア軍はようやくその攻略に成功します。
イギリス、スペイン連合軍も南仏に襲いかかり、イギリス軍はツーロンを、スペイン軍はマルセイユを攻略します。ツーロン港に籠もっていた20隻のフランス戦艦隊は3倍のイギリス艦隊の封鎖を突破することがかなわず6隻が交戦によって沈没、残りの14隻は自沈して全滅しました。
フランス軍は91戦力の兵力をかき集め、ロシア・プロイセン軍主力に会戦を挑みます。連合軍はフランス軍の側面包囲を警戒したようでしたが、フランス軍は正面から一丸となって突撃し、連合軍を士気崩壊させます。

残り時間の関係でこのターンを最後に終了することとしました。
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(終了時の全景)

9月ターン時点での勝利条件達成率は以下の通りです。
オーストリア 28.9%(勝利条件まで残り64点)
イギリス   26.7%(残り66点)
ロシア    18.9%(残り73点)
プロイセン  18.4%(残り102点)
スペイン   18.3%(残り94点)
フランス   18.2%(残り90点)

 数字の上ではオーストリア優勢ですが、イギリスがこれからまだまだ挽回のチャンスがあるのに対し、オーストリアはトルコにいくか、フランス側で連合軍に参戦する以外には政治ポイントを増加できないため、両国はほぼ互角といっていいと思います。
 ロシアはトップ3の一角でしたが、フランスに執拗に狙われて会戦で政治点を下げられたので下位グループと並ぶ位置に落ちてしまいました。とはいえ、プロイセン軍と共同して西ドイツの解放を行えばまだ挽回はできたと思います。
 プロイセンとスペインは政治点の関係でフランスと妥協するのは一策だったと思いますが、それでも上位グループに近づくには全然足りませんでした。この二国はかなり厳しい。
 フランスは一対一でロシアを叩くという戦略自体は悪くなかったと思いますが、あれだけ領地を割譲したにも関わらず、公式講和1国、口約束の停戦2国というのは実りが少なかったかなという感じです。それでも会戦では負けナシだったのは流石かと。

 ゲームとしての感想ですが、冒頭にも書いたように、このゲームはマルチであってシミュレーションではないという感じです。そして多人数ゲームとしては一人の軍事作戦に時間がかかりすぎるのが欠点だと思いました。一人の負担は増えますが、このシナリオなら3人ぐらいの方がそれらしく動くのかもしれません。

 最終日の午前中はドイツ系のエクスペディションとR−ECOをプレイしました。
 エクスペディションは探険というか旅行ゲームで、以前にTSSの軍団総長さんのローカルルールでやったことはあったのですが、正式ルールでやるのは初めてです。実際にやってみると、軍団総長さんが一部ルールを省略してシンプルにしていたことの正しさが理解できました。4人プレイで、みねさんがU野さんの追撃をかわしてトップでした。
 R−ECOは資源のリサイクルをモチーフにしたカードゲームです。健全経営を目指すか、非合法経営に手を染めるかの分岐がシニカルでいい味。5人プレイで、健全経営で乗り切った私が逆転勝ちできました。
(追記)あとで、ネットで調べたら、R−ECOは日本人の作なんですね。

 その他にプレイされていたゲームは、サクセサーズ(旧AH)、ロードオブシエラマドレ、中島さんの自作ゲーム、ロードオブシエラマドレ、タイタン、デューン、サクセサーズ(メーカー不明。前記とは別のゲーム)などです。

 この後、行きのメンバーにU野氏を加えた4人で他のみなさんに別れを告げ、ホテルを後にしました(つづく)。

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(ホテルの前にあったアフロドラゴン。吐くブレスは温泉ブレスw)

 まずは老舗の和菓子屋さん「新鶴本店」でおみやげタイム。塩羊羹が有名らしいです。


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(新鶴)

そのあと、自動車で移動して、第二次おそば屋さん攻撃。店内は上品な感じで雰囲気はよかったです。ここも人気店らしいですが、お昼時を少し回っていたのと雨模様だったためか、空いてました。
こちらのおそばはやや硬めでしたが、ベーシックに美味しかったです。ただ、ボリュームに比較してやや高めでしょうか。

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(蕎麦にしむら)

その後、蕎麦屋さんと駐車場を共有している手作りケーキのお店の本日のオススメ「バナナチーズタルト」のボードに惹かれて中へ。テーブル2つの小さなお店で靴を脱いで上がるアットホームなお店でした。私はオススメとモンブランを頂きましたが、どちらも美味しかったです。個人的には今回の旅程で一番の当たりかな。

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(ケーキショップ。残念ながらなまえ不明)

その後、高速に乗り一路関西へ。途中のSAでおみやげをかったり、間食したり。総統閣下は「ソースカツ丼まん」を食べ損ねて不満そう。ジンギスまんとわさび肉まんでは満足できなかったそうですw

途中渋滞もあり9時を回る頃に京都着。夕食はケンタッキーフライドチキンになりました。私はトリが食べたくなるとモスに行く人なので前にいったのがいつかすら思い出せませんw たまに食べる分にはキライではないのだけど、骨が苦手と愚痴をこぼしながら食べていると、頼めば腿肉を選んで取ってくれるということを教えてもらう。今度試してみよう。何年後かわからないけどw

てな感じで大久保駅まで送ってもらい解散となりました。
しかし、思ったのだが、みんなよく食べる。それとも私の食が細くなったのだろうかw

信州合宿は私ははじめてだったのだけど、ゲーム室と別に寝室が全員分用意されているのはよかったです。しかし、やっぱり関西からだと遠い・・・
posted by AMI at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 合宿記録
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