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2008年01月06日

2008年1月例会報告

参加者:4名
プレイされたゲーム:三国盛衰記2(TDF)

新年一回目の例会にもかかわらず、諸般の事情で遅刻してしまいました。申し訳ありません。

昼食後、アルファーリンク氏のリクエストで三国盛衰記をプレイすることになりました。シナリオは200年から始まる「官渡の戦い」。
参加メンバーはAMI(曹操)、みねさん(孫策)、オデッセイ師(袁紹)、アルファーリンク(劉表)の4名。
袁紹は北方を平らげて70戦力の大兵力を要しているのに対し、曹操は呂布、李カクら董卓残党を倒し人材は充実しているとはいえ兵力は半分の35。孫策は18戦力と兵は少ないものの江東を平定して呉の柱石となる人材もほぼ揃って自在に進退できる態勢。劉表は荊州で48戦力を擁しています。

200年、先手を取った曹操はエン州に配備していた全軍を投入して徐州の劉備を攻めます。奇襲を受けた劉備軍15万はまったく抵抗できないまま粉砕され(曹軍損害ゼロ)、関羽は降伏を拒否して斬られたものの、劉備、張飛をはじめ優秀な人材の大部分を捕獲に成功します。
もともと人材豊富だった曹操軍の更なる強化に他勢力は警戒を強め、情勢は三国対曹操の様相を呈してきます。

201年、劉表軍は東西に長く伸びた曹操領の中央部に侵攻します。弘農では韓浩の奮戦で王威率いる3万が粉砕されたものの、曹操の領土は東西に分断されました。

202年、曹軍主力は新野で劉表軍主力と激突します。武将の面では圧倒的に優位だったのですが、アルファーリンク氏のサイコロの魔術師ぶりが発揮され、曹操軍は12万もの大損害をだした末にかろうじて新野を確保し、領土の回復に再連結に成功します。ここで、劉表勢力から和睦の提案があり、曹操−劉表・袁紹間の和議が成立しました。劉表は益州に、曹操は漢中、涼州平定に向かい、袁紹は南下して江南を伺います。

203年、孫策が横死し、孫権が跡を継ぎますが、君主交代の準備が整っていなかった呉は外交機会を失い、袁紹の侵攻を受けます。袁紹勢力の伸張が著しかったため、袁軍主力が長江を渡ったところで劉表にその退路を断つことを提案したのですが、袁紹との同盟を重視する劉表はこれを拒否。以後、孫策は次第においつめられ、揚州の戦いで主力軍が潰滅、周瑜、太史慈が戦死し、207年に汝南に逃げ延びていた残存戦力も殲滅されてしまいました。

劉表が二位に甘んじても袁紹の旗下に留まることを確認した曹操は豪族を動かして益州の平定を妨害します。これを受けて、袁紹は同盟国の要請を口実に和睦を破断にし、曹操の東部領土を蚕食しはじめます。曹操軍は涼州を平定して主力を東に戻しますが、袁紹に打撃を与えるところまでは間に合わず、207年にようやく劉表も袁紹領を削りに入りますが、あまりにも遅すぎました。
結局、208年に終了カードが出て袁紹の勝利で終了。最終得点は袁紹
40点、劉表30点、曹操26点、孫策・権0点。

0801Sangoku.jpg
(終了時の盤面:赤=曹操、黄色=袁紹、紫=劉表)

外交的にはやや不満足な結果に終わりましたが、豪族や単騎の武将が侵攻軍を撃退したり、大軍同士の激突など合戦では面白い戦いがいくつもあり大変盛り上がりました。他の参加者もいずれも満足したようで再戦のリクエストが出ていました。
タグ:三国盛衰記
posted by AMI at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会記録
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