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2011年01月17日

頭塔

頭塔(ずとう)は国の史跡で奈良市の東大寺南方にある方形七段の土塔です。伝承では政争に敗れて没落した僧玄ム(げんぼう)の頭を埋めた墓とされていたようですが、古文書の記録から東大寺の僧実忠が築いた仏塔と考えられています。

昨年の平城遷都1300年祭の絡みで紹介されていたのを見て、階段状ピラミッドに似た外観が印象的で一度行ってみたいと思っていたのですが、ようやく機会を作れました。

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 南西側から近付くとこんな感じ。

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 民間協力者の方に鍵を開けて貰い、門をくぐるとゆるやかな階段が続きます。周辺は住宅地になっているので両脇はギリギリまで民家が迫っています。

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 復元整備された部分の外観。石仏を覆っている鞘堂(屋根)は保護のためのもので必ずしも当時の形状を再現したものではないとのこと。

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 案内板にあった頭塔復元案。というわけで、実際には「階段状ピラミッド」ではないらしい。当時の最新式の仏塔らしいです。

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 未整備部分との境目。発掘調査および復元は北半分に限って行われ、南半分は土に覆われたまま現状保存されています。

 当時の仏教建築といえば木造のイメージだったので、石積みの土塔は印象的でした。大仏さまほどではないにせよ、当時としては結構な土木工事だったのではないでしょうか? ちなみに、現在の頭塔の下には一回り小さい初期の頭塔が埋まっているそうです。

 なお、復元に際しては一般の見学も考慮して順路やデッキなども整備されていますが、普段は施錠されていて管理人さんに開けて貰う必要がありますので、訪問される際は事前に確認された方が良いと思います。

参考:平城遷都1300年祭ホームページの紹介
http://www.1300.jp/event/roam/yamatoji/shaji/13.html
タグ:奈良
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2010年05月26日

平城遷都1300年祭

YENさんと飛鳥資料館のキトラ古墳壁画公開と、平城遷都1300年祭平城宮跡会場へ行って来ました。

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タグ:奈良
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2010年05月08日

M.C.エッシャー展

奈良県立美術館で開かれていたM.C.エッシャー展に行ってきました。エッシャーは「滝」などの現実には不可能な建物や、画面が次第に変化していく様を描いた「メタモルフォーゼ」などの不思議な作風で知られるオランダの画家(版画家)です。

ちなみに、今回初めて知ったのですが、父のジョージ・アーノルドは明治時代にお雇い外国人(土木技術者)として来日したこともあり、浮世絵などの日本の文物を持ち帰ったそうでこれが息子にも影響を与えた可能性なども紹介されていました。
G.A.は来日時代に福井で木造五階建八角形というユニークな形状の小学校「龍翔小学校」を設計しており、残念ながらオリジナルの建造物は失われてしまったが、外観を復元したものがみくに龍翔館という博物館として公開されているようです。

M.C.エッシャー展
http://www.pref.nara.jp/dd_aspx_menuid-17506.htm

みくに龍翔館
http://www.ryusyokan.jp/about.html
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2010年03月25日

博物館明治村 2010年2月21日

YENさんから招待券があると誘われたので、前日のTSS例会のあと泊めてもらい、博物館明治村に行ってきました。

明治村は明治時代の建築物などを移築して展示している野外博物館です。小学生の頃に一回行ったきりで細かい記憶は残ってなかったのでちょうどよい機会でした。

参考:博物館明治村公式ホームページ
http://www.meijimura.com/

同日のYENさんの日記はこちら
http://yensan.blog121.fc2.com/blog-entry-365.html

艦長私的記録
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2009年08月30日

平成21年度富士総合火力演習

当初、土曜日のTSSに続いてゲーム会という予定だったのですが、のるとさんから総火演のチケットに余裕があるというお話しを頂き、初参加だった前回以来8年ぶりの機会ということもあり、寝返りました(滅)。

前夜、TSS例会後の食事会の後、YENさんのドライブで仮眠予定地の沼津・湯河原温泉 万葉の湯へ。酷い渋滞とかはなかったのですが、例の地震の影響で50km規制の区間が意外と長く残っていて、到着は1時ぐらいに。休日+深夜料金でそれなりにいい値段になりますが、広いお風呂でゆっくりできたので満足。5時前に起床し、途中のマクドで朝食を取りつつ合流地点の沼津駅へ。駅前でタイミングよくのるとさんと合流。駅構内で、のるとさんの友人のSさんとも合流し、御殿場線の始発で、御殿場へ。

ここまでは順調で、先々週の名鉄広見線に続いてローカル線の旅を堪能できました。御殿場線はそもそも東海道本線の一部として敷設されたので、ローカル線というのは酷かもしれませんが、当時の蒸気機関車牽引列車は補機(補助機関車)を増結しないと通過できない勾配区間であったため、丹那トンネルの完成によって支線に格下げとなり、戦時中の資材供出によって元は複線であった線路も単線にされてしまったという数奇な運命を辿ってきた路線です。

第一の難関は御殿場駅の出口でした。JR各社のICカードは相互利用ができるので、沼津駅ではJR西のICOCAで入場したのですが、御殿場線はカードの利用区間から外れており、現金精算するハメに。
JR東海もそれを見越していたのか、IC乗車券の入場履歴を消去する機械まで持ち込んでいたので、人が並んでいた分以上の遅滞はありませんでしたが、今後は利用可能区間も注意しておこう…

その後、御殿場駅から演習場まで臨時バスで30分程度の移動。一番気合いが入っている人達はもっと早い時間帯に会場入りしているので、そこそこ混雑はしていたものの、ここまではまあゆったりと移動できました。

スタンド席は当然埋まっていたので、迷彩シートの敷かれた一般席へ。本番前の予行演習を眺めたり、不穏当な雑談をしたりして、10時10分の開始を待ちます。

当日は総選挙と重なっていて、出席するのか疑問視されていた浜田靖一防衛大臣他政治家のみなさんも無事(?)到着して、演習が始まりました。

前半は、空自から客演のF-2戦闘機を皮切りに、各種装備を紹介する個別の砲撃などの実演、最後はヘリからの空挺降下。

休憩を挟んで後半は、各部隊の連携によって仮想の敵部隊を撃破するまでの一連の戦闘の実演。

印象に残ったのは実弾発砲の迫力と、射撃精度の精密さですかね。
演習ですから、事前に測量して、正確に目標を捉えることができるのはある意味当然なのでしょうが、ウォーゲーマー的にはこの命中率が実戦でどの程度維持されるのか興味深いところではあります(無論、実際にはそれを確認できる機会がこないことを願っておりますが)。

さて、第二の難関として、演習の途中から危惧していた雨がパラつきはじめました。これで多少涼しくなればまだ救いがあったのですが、気にならないほど緩くなく、涼しくなるほど強くもないという困ったレベル。車で帰るYENさんと私は終了後の装備品展示を見てから帰ろうかと相談していたのですが、この後、天候がどう転ぶか予想できないので、終了と同時に帰還することとしました。

が、演習終了後、雨はすっかりあがってしまい、むしろどんどん太陽が照りつける展開の中、シャトルバス待ちの行列で1時間半程度並びました。最近はコミケの入場待機とかもしていないので、かな〜り過酷な時間となりました。

とにかくも、往路を逆に辿ってバス、御殿場線を乗り継いで沼津まで帰還。新幹線に乗り継ぐのるとさん、Sさんとお別れし、YENさんと私は沼津駅前のサイゼリヤで遅い昼食。とにかく水分が補給したくてドリンクバーで5杯ぐらい飲みましたw

その後、車で名古屋まで。最後の難関、恒例の音羽蒲郡渋滞に捕まったりしながら、9時前に名古屋駅で降ろしてもらい、近鉄へ。

演習自体は有意義でしたが、体力を著しく消耗するのが難点ですね。また、機会があれば行きたいですが、次は開発中の新型戦車が投入された頃かな〜?
(とりあえず記事アップ、写真は後日追加予定)
タグ:総火演
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